YUJIRO SAGAMI & MIKIHIRO ENDO WEBSITE

 

 

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2016↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
Hiroshima Art Document 2016
相模友士郎 × 佐藤健大郎『ナビゲーションズ』@広島

2016.9.17(sat) 14:00- @旧日本銀行広島支店
構成・演出:相模友士郎 出演:佐藤健大郎


激・まちげき2016」参加作品
『スーパーインポーズ』
2016年8月26日(金)19:30〜/@福井市文化会館 ホール


どこからか観客が集まり、そしてどこからか俳優が現れ、演劇の場が起こります。そして俳優はどこかへ去り、そして観客は劇場の外に帰ってゆき、演劇の場は消え去る。つまり、演劇の場とは観客と俳優がそれぞれある場所からある場所へ向かうさまざまなプロセスの交点上にあると考えることが出来ます。僕はそのプロセスの交わりが本来的な演劇の演劇性なのではないかと考えています。そしてそれは劇場とも言い換えることができるでしょうし、公共性にも接近するでしょう。 演劇とは架空の物語を上演するためだけのメディアではない。移動し続けるわたしたちがいま・ここの場において交差し、その交点上でいま・ここという場を改めて問い直すこと。そのようにして演劇は「場について考えるためのメディア」として機能しうるのではないか。(相模友士郎)

【構成・演出】相模友士郎
【出演】大瀧俊太郎、佐藤美咲、関根成美、田中玲菜、辻千明、寺澤綾芽、林真穂、 伴朱音、光井優太、矢島沙弥加、矢杉麻衣、劉杏琪 他
チラシPDFダウンロード

【日時】2016年8月26日(金)19:30〜【会場】福井市文化会館 ホール
※開場は開演の30分前。※終演後アフタートークあり。[アフタートークゲスト]星野 太(美学/表象文化論)

【チケット料金】前売・当日とも2,000円(全席自由)

【チケット発売】2016年7月7日(木)

【チケット取り扱い】
[窓口・電話取扱]
 ◉福井芸術・文化フォーラム事務所(福井市文化会館内)
TEL. 0776-23-6905(月~金10:00~18:00/土日祝休)
[窓口取扱]
◉ベル ◉パリオCiTY  ◉響のホール  ◉福井市文化会館事務所(福井市民福祉会館内)

【お問い合わせ】
NPO法人福井芸術・文化フォーラム
〒910-0019福井市春山2-7-1 福井市文化会館内
◯TEL. 0776-23-6905(月~金10:00~18:00/土日祝休) ◯WEB. http://geibun.info/

主催:NPO法人 福井芸術・文化フォーラム 協力:(公財)福井市ふれあい公社、舎家
舞台監督:古川智伯 制作:伴朱音


『スーパーインポーズ』福井公演トレーラー


『スーパーインポーズ』インタビュー:岡田米子さん(元・福井市文化会館清掃員)


『スーパーインポーズ』インタビュー:大橋敏雄さん(警備員)

【特設サイト】http://superimpose-fukui.tumblr.com/



『ナビゲーションズ』
2016年3月20日(日)、21日(月) @元・立誠小学校 音楽室

観客のまなざしの創造性を引き出しつつ進行するダンス作品『天使論』に続く相模友士郎によるダンス作品。本作は身の回りの日用品を舞台上に引き込みつつ「モノ」と身体との関係性を再構築する。そのプロセスは「モノ」に記録されたわたしたちによるわたしたちへの振り付けを発見する場になるだろう。

【構成・演出】相模友士郎 【出演】佐藤健大郎

【日時】 2016年3月20日(日)15:00- / 19:00- 21日(月)13:00- / 17:00-★
※受付開始・開場は開演の30分前です。 ※開演5分前を過ぎますと予約がキャンセルになる場合がございます。
★終演後アフタートークあり。[アフタートークゲスト]21日17:00- 加納俊輔(美術家)

【会場】 元・立誠小学校(〒604-8023 京都市中京区蛸薬師通河原町東入備前島町310-2)

【チケット料金】◯前売2,300円 ◯当日2,500円(全席自由)
【チケット取り扱い/お問い合わせ】
◯Mail…sagami.info@gmail.com  ◯Tel…090-1586-3821(カワセ)
◯Web…http://481engine.com/rsrv/webform.php?sh=2&d=eca526c39b(予約フォーム)

特設サイト▶▶▶http://sagami-endo.com/navigations_kyoto/


『スーパーインポーズ』
2016年2月6日(土)、7日(日)
 @まつもと市民芸術館 スタジオ2

【構成・演出】相模友士郎
【出演】信州大学 人文学部 芸術コミュニケーション分野 芸術ワークショップ演習ゼミ生
(大瀧俊太郎、小倉真理恵、笠井智、佐々木晶子、佐藤美咲、杉田龍堂、
関根成美、田中玲菜、趙允敬、寺澤綾芽、原杏弥音、原菜々美、伴朱音、
平林志帆、古田明日香、光井優太、矢島沙弥加、矢杉麻衣)
【企画・総合監督】北村明子(信州大学人文学部准教授)

【日時】 2016年2月6日(土)18:00、7日(日)14:00
※両日とも終演後にアフタートークあり。※開場は開演の30分前 

【会場】 まつもと市民芸術館 スタジオ2(〒390-0815長野県松本市深志3-10-1)

【料金】 入場無料/要予約 
※会場の都合上、事前予約いただいた方のみご入場いただけます。ご了承下さい。
※公演日2日前(2月4日)までにご予約下さい。

【お問い合わせ/チケット予約】
◯Tel… 080-6333-5330(ミツイ)
◯MAIL… kitamurawszemi@gmail.com
◯Web… http://481engine.com/rsrv/webform.php?sh=2&d=aabe4c0ff8(予約フォーム)

【主催】信州大学人文学部芸術コミュニケーション分野
    一般財団法人松本市芸術文化振興財団
【協力】シバイエンジン
特設サイト▶▶▶http://kitamurawszemi.tumblr.com/


『先制のイメージ』『天使論』についてダンサー・振付家の西岡樹里さんとお話ししました。
続編もリリースされる予定です。
相模友士郎×西岡樹里 アフターダイアローグ『先制のイメージ』から『天使論』へ


昨年上演した『先制のイメージ』(後に『天使論』に改訂)の比較的長い論考がACTに載っています。
『見るためのタスクとしての先制のイメージ』古後奈緒子


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼プロフィール▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

相模友士郎/YUJIRO SAGAMI

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1982年福井生まれ。演出家。京都在住。2004年から舞台制作を始め、2009年に伊丹に住む70歳以上の市民との共同制作舞台『ドラマソロジー/DRAMATHOLOGY』を発表し、翌年フェスティバル/トーキョー10に正式招聘される。2012年に『天使論』をTPAM in YOKOHAMA2012にて発表。『天使論』は各地で再演され、2015年、TPAM in YOKOHAMA 2015にてタイのダンサー(Kornkarn Rungsawang from Picket Klunchun Dance Company)とのコラボレーション作品として再演。その他の作品に『中平卓馬/見続ける涯に火が…』(2011) 、『先制のイメージ』(2012)、『それはかつてあった』(2013) など。最新作は、「モノ」と身体の関係性の再構築を試みる『ナビゲーションズ』(2014)。

Born in 1982. A director. Kyoto-based. He began to work on performing arts in 2004, and in collaboration with Itami City residents over 70 years old, he presented “DRAMATHOLOGY” (2009), which was featured at Festival/Tokyo 10 next year. He has collaborated with 17 of Fukui citizens whose ages range from 17-74 in some previous works such as “It used to be there” (2014). He also directed “Takuma Nakahira, Image with a head start” (2011, Festival/Tokyo11), and “about ANGELS” (2012, TPAM in YOKOHAMA2012). In 2015, “about ANGELS” was restaged at TPAM in YOKOHAMA 2015 as collaboration work with Thai Dancer(Kornkarn Rungsawang from Picket Klunchun Dance Company). His latest production is “Navigations” (2014) in which he tries to reconstruct the relationship between body and its surroundings.

◯埠頭にて(2006/DV/30min)
◯穴る(2007/DV/25min)
◯神様のはなし(2008/DV/30min)
◯泥濘(2005/演劇)
◯SM(2007/演劇)▶▶▶▶▶▶▶▶PHOTO
◯DRAMATHOLOGY(2009,2010/演劇)▶▶▶▶▶▶▶▶PHOTO
◯中平卓馬/見続ける涯に火が・・・(2011/演劇)▶▶▶▶▶▶▶▶PHOTO
◯先制のイメージ(2012)
◯天使論(2012.2,2012.9)▶▶▶▶▶▶▶▶PHOTO
◯それはかつてあった(2013.12)▶▶▶▶▶▶▶▶PHOTO
◯ナビゲーションズ(2014.11)▶▶▶▶▶▶▶▶PHOTO
◯天使論2015.duo.ver(2015.2)▶▶▶▶▶▶▶▶PHOTO

 


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼過去の公演▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

スーパーインポーズ/SUPERIMPOSE

構成・演出:相模友士郎
出演:大瀧俊太郎、小倉真理恵、笠井智、佐々木晶子、佐藤美咲、杉田龍堂、 関根成美、田中玲菜、
趙允敬、寺澤綾芽、原杏弥音、原菜々美、伴朱音、 平林志帆、古田明日香、光井優太、矢島沙弥加、矢杉麻衣
日時:2016年2月6日(土)、7日(日)14:00
会場: まつもと市民芸術館 スタジオ2(〒390-0815長野県松本市深志3-10-1)
企画・総合監督:北村明子(信州大学人文学部准教授)
主催:信州大学人文学部芸術コミュニケーション分野、一般財団法人松本市芸術文化振興財団
特設サイト▶http://kitamurawszemi.tumblr.com/

 どこからか観客が集まり、そしてどこからか俳優が現れ、演劇の場が起こります。そして俳優はどこかへ去り、そして観客は劇場の外に帰ってゆき、演劇の場は消え去る。つまり、演劇の場とは観客と俳優がそれぞれある場所からある場所へ向かうさまざまなプロセスの交点上にあると考えることが出来ます。僕はそのプロセスの交わりが本来的な演劇の演劇性なのではないかと考えています。そしてそれは劇場とも言い換えることができるでしょうし、公共性にも接近するでしょう。 演劇とは架空の物語を上演するためだけのメディアではない。移動し続けるわたしたちがいま・ここの場において交差し、その交点上でいま・ここという場を改めて問い直すこと。そのようにして演劇は「場について考えるためのメディア」として機能しうるのではないか。
  今回、信州大学人文学部芸術コミュニケーション分野芸術ワークショップ演習ゼミの学生たちと4ヶ月にわたってそのよう議論を繰り返しながら作品制作を行ってきました。その時間は何かを作り上げる事以上に、何かの到来を辛抱強く待つような時間だったかもしれません。作品を目的や結果ではなく、プロセスそのものに差し戻すこと。2016年2月3日現在、まだ作品制作のプロセスは移動し続けています。そのプロセスが2016年2月6日、7日にどのように観客の皆さんと交差し、どのような網目を描くのか。 いま・ここではないどこか、いま・ここにはいない誰かが現れてくるとすれば、それは一つの成功と言えるのかもしれません。(2016.2.3 AM4:18 相模友士郎)














photo:Sayaka Yajima


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リアクション/Reaction

構成・演出:相模友士郎 出演:佐藤健大郎、増田美佳
日時:2015年11月23日(月・祝)14:00~/18:00~
会場:福井北ノ庄クラシックス
特設サイト▶http://reaction-sgm.tumblr.com/

「参加」につかまれる
映画は人が居ようが居まいが上映されるが(お客さんが居ない映画館を想像してみると良いかもしれない)、舞台という時間は観客が居ることが前提となっている。そこには観客に対して「お前はいま・ここに居るだろう」という観客それぞの人格、能動性、受動性に関係なく「いま・ここ」という時間と空間に否応なく参加させられてしまうという暴力性が潜んでいる。それは何も舞台だけではないはずで、新聞やテレビ、TwitterやFacebookといったSNSに流れてくるあらゆる社会的な状況もそれに触れた途端に「おまえはいま・この世界に居るだろう」という参加を要請される。デモに行こうが、行くまいが、無視しようが、否応なくこの「参加」への要請につかまれてしまう。そしてこの「参加」の手はつかまれた途端にどのように振る舞おうが振り切ることが出来ない。「いま・ここ」という時間を意識するということはそのような暴力性を意識することであるし、その暴力はわたしたちのそれぞれの持つ思想や個性を構成する固有の記憶をまったく無視して「いま・ここ」という時間において平等に行使される。そして「参加」の積極性によってのみヒエラルキーが生まれる。僕はこの「参加」の手をなんとかして振り払ってみたいと考えている 。しかし「いま・ここ」という時間によって構成される舞台という場でそのようなことが本当に可能なのだろうか。もし、可能だとしてそれは何によって、どのような身振りによって可能になるのだろうか。「参加」からの切断。それは「いま・ここ」という現在から逃げ出すことだ。
現在時に過去を対立させること。わたしたちそれぞれの固有の記憶を思い出し「いま・ここ」から孤立すること。そのような孤独を引き受けること。それぞれの孤独を認めること。そしてそこから新たな場を創作するためのトライアルを繰り返すこと。(2015.11.23/相模友士郎)














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天使論/about ANGELS (2015ver.)

【TPAM2015/TPAMコプロダクション】
2015年2月11日(水)14:00/19:00 @KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ

本作は踊る身体イメージとそれを観る観客の言語イメージについて扱っています。「コカ・コーラ」と踊る身体を対置し、演出家自身のナビゲーションによってコード化された観客の視線に亀裂を入れてゆく観客のまなざしへの振り付け作品と言えるでしょう。2012年初演『天使論』(TPAM in Yokohama 2012)を、大幅にリクリエーション。新たなダンサーに、ピチェ・クランチェン・ダンスカンパニーで活躍する、コーンカーン・ルーンサーワンを迎えます。
In this production I deal with the image of language that is conceived by the audience who watch a dancer’s body dancing in front of them. “Coca-Cola” is the key image of the dance, and I as a director try to deconstruct and choreograph the gaze of the audience that could be coded in certain way in their daily lives. about ANGELS was originally performed at TPAM in 2012, and this time we welcome Kornkarn Rungsawang from Pichet Klunchun Dance Company to recreate a new version.

構成・演出:相模友士郎  出演:増田美佳、コーンカーン・ルーンサーワン
タイ語通訳・演出助手:豊山佳美  照明:吉本有輝子 映像:山田晋平 舞台監督:夏目雅也
制作:小倉由佳子、和田ながら(KYOTO EXPERIMENT)
主催:国際交流基金アジアセンター、KYOTO EXPERIMENT
共催:国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2015実行委員会

【公演詳細】TPAMウェブサイト



















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それはかつてあった

福井芸術・文化フォーラム設立15 周年記念事業/地域とアーティストとの共同制作舞台
2013年12月14日(土)、15日(日)/福井市文化会館 ホール舞台上
構成・演出:相模友士郎
出演:伊藤誠一、今村嘉宏、内田地加王、古家早由里、佐分利頌子、島村紗也加、髙木克昭、高木めぐみ、滝口文子、田中陽介、辻千明、畑謙治郎、林真穂、前川和花奈、前田浩貴、三反崎康子、村上義則
照明:吉本有輝子(真昼) 音響:齋藤学 映像:山田晋平(青空) 舞台監督:大鹿展明 演出助手:濱見彰映(福井芸術・文化フォーラム) 制作:荒川裕子(福井芸術・文化フォーラム)、中埜浩之(福井芸術・文化フォーラム/bound)

福井市文化会館を拠点に舞台芸術事業の企画運営を行う福井芸術・文化フォーラムが、このたび初の本格的な舞台作品づくりに取り組みます。今回の創作をきっかけに、多くの市民やさまざまなアーティストが集い、交わり、表現を育むプラットフォームとなることを目指します。

今回、福井に住む17歳~74歳までの年齢もバラバラな17人と作品創作を進めながら、あるいはいくつかの対話を重ねながら、困惑しているという事を正直に告白する。 17歳には17年分の、74歳には74年分の記憶がその人には内蔵され、その一日一日が今の彼(彼女)らを形作っている。 今回の出演者たちの生きた時間を合計すると710年になる。 途方もない。 ぼくの困惑は、おそらくこの途方もなさから来ている。 この710年という時間が17人の身体として、記憶の総体として今、ぼくの目の前に立っている。 生きている人の姿を目の当たりにするという事は、かつて生まれ、そしていつか死んでゆくという事実に触れるという事だ。710 年という時間はこの事実の隙間に潜り込み、霧散し、かつて一度もなかった時間として現れはじめる。 演劇の時間が始まるのはその瞬間からだ。  相模友士郎











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天使論/about ANGELS

TPAM in YOKOHAMA 2012/ 小倉由佳子ディレクション
『天使論』
2012年2月17日(金)/KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ
構成・演出:相模友士郎 出演:増田美佳
音響:荒木優光(NEW MANUKE) 照明:吉本有輝子 映像字幕:山田晋平

【NPO法人福井芸術・文化フォーラム主催「まちげき2012」】
『天使論』
2012年9月23日(日)/福井駅東口 新幹線高架下 仮設舞台
構成・演出・音響:相模友士郎 出演:増田美佳

【すごいダンスin府庁2013】
『天使論』
2013年3月3日(日)/京都府庁旧本館正庁
構成・演出・音響:相模友士郎 出演:増田美佳 演出助手:芦高郁子
▶▶▶▶▶▶DIALOG 相模友士郎×西岡樹里 アフターダイアローグ『先制のイメージ』から『天使論』へ

W・ベンヤミンは「雑誌『新しい天使』の予告」の中でタルムードに書かれた文章を引用し、こう書いている。
天使は ――毎瞬に新しく無数の群れをなして―― 創出され、神のまえで讃歌をうたいおえると、存在をやめて、無のなかへ溶け込んでゆく。
私の中にふいに現れてきた天使のイメージを考える時、この言葉が思い出される。 表現行為にとって「イメージ」とは如何なるものなのだろうか。作り手によって内発的に起こるイメージを捕獲し、身体によって伝達するということは、その身体を潤色し、見るもののまなざしと対象である身体との交通を遮断する壁のように立ちふさがり、身体そのものを隠蔽してしまうもののように感じられる。 「イメージ」とは身体の手前に「現されるもの」ではなく、その身体の背後から一方的に「現れてくるもの」であるはずだ。 イメージの一方的な現れは瞬間にしか輪郭を現さない。そしてその瞬間の為に、 私たちは不可視へ向けた危機的なまなざしの対話を持続しなければならない。 だが、イメージが現れるその瞬間。その一点において天使の姿がふいに現れてくるのではないか。そう期待しながら今日も稽古場でひとつのからだを見ている。
2012年2月12日 相模友士郎

Walter Benjamin wrote, quoting the Talmud in his “Announcement of the journal: Angelus Novus”:
The angels—who are born anew every instant in countless numbers—are created in order to perish and to vanish into the void, once they have sung their hymn in the presence of God.
When I think of the image of angels that emerge in my mind, I remember these words.
What is “image” for expression? It seems that the activity to capture the creator’s immanent image and to communicate it through the body embellishes the body, cuts off the interaction between the viewer’s gaze and the body as its object as if it is a wall, and conceals the body itself.
“Image” must be something that is not “represented” in front of the body but unilaterally “presents” itself from behind the body.The unilateral presentation of the image shows the outline only for a moment. We have to continue the dialogue of critical gazes toward the invisible for that moment. However, isn’t it the moment when the image presents itself that angels unexpectedly emerge? That is what I expect, while gazing at a body in a rehearsal room.

February 12, 2012 Yujiro Sagami









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先制のイメージ

【WE DANCE 京都2012/演劇とダンス/身体性の交換】
『先制のイメージ』(のちに『天使論』に改訂)
2012年2月4日(土)/元・立誠小学校 職員室
構成・演出:相模友士郎 出演:野田まどか
▶▶▶▶▶▶REVIEW01 竹田真理『「We dance 京都2012」とふたつのラディカル』
▶▶▶▶▶▶REVIEW02 中西理『「We dance 京都2012」レポート 』
▶▶▶▶▶▶REVIEW03 橋本裕介『「We Dance Kyoto 2012」 レポート』
▶▶▶▶▶▶REVIEW04 古後奈緒子『見るためのタスク』

作り手によって内発的に起こる感情やイメージを捕獲し作品として伝達するという事は、モノローグにほかならない。モノローグとは一方的な独白であって、他者との対話を拒絶するものである。対話としてのダンスを考えてみる。作り手によって捕獲され、提出されたイメージとは対話を阻害するものであり、そのイメージは身体を潤色し、身体そのものを隠蔽させてしまうように思える。対話を阻害し、身体を隠蔽する「イメージ」。それ自体を暴き、捨て去ること。そしてその源である「私」という堅牢な主体をも捨て去ること。そこから改めて対話を始める。








中平卓馬/見続ける涯に火が・・・

フェスティバル/トーキョー11『なにもない空間からの朗読会』
2011年10月29日(土)/東武百貨店池袋店レストラン街「スパイス」16F屋上
テキスト:中平卓馬『見続ける涯に火が・・・ 批評集成1965-1977』
構成・演出:相模友士郎 出演:増田美佳 音響:齋藤学 協力:八角聡仁

日頃見かける一本の木、たったひとつの石ころ、砕ける波頭、そしてなによりも、見慣れた街の一画、人々の群れ、人々の出会い、そういうなんでもない普通の ことと共に先制の一撃を加え、それからの反撃にわが身をさらすこと、そして不断に自己を解体させ、新たなおのれを再生してゆく涯のない繰り返し、そのよう な視線の戦線をいつまで確保し続けることができるか。それは批評である。世界に対すると同時に自分自身に対する批評である。
(中平卓馬「先制の一撃――見ることと読むこと」『見続ける涯に火が・・・』)





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DRAMATHOLOGY

【伊丹公演/地域とつくる舞台シリーズ】
2009年7月4日(土)・5日(日)/アイホール(伊丹市立演劇ホール)
東京公演/フェスティバル/トーキョー10
2010年11月26日(金)〜28日(日)/東京芸術劇場小ホール1

構成・演出:相模友士郎
出演:増田美佳 足立一子 足立みち子 飯田茂昭 相馬佐紀子 中川美代子 藤井君子 三木幸子
映像:遠藤幹大 音響:齋藤学 照明:高原文江 美術・舞台監督:夏目雅也

2009年7月、伊丹市立演劇ホール(アイホール)で初演された本作は、昭和15年頃までに生まれた「エルダー世代」(70歳以上)を条件に集まった伊丹の地域住民の参加者と、映画・舞台の両ジャンルを横断的に活動する新鋭アーティスト・相模友士郎の共同作業によるもの。27歳の演出家と、72歳から上は96歳の7名の参加者(出演者)、ひとりの20代の俳優が対話を中心とした半年以上の時間を共有し、それぞれの体験から「DRAMA/劇」を集め、「ANTHOLOGY/選集」に構成、さまざまな人生の記憶、想いが行き交う『DRAMATHOLOGY/ドラマソロジー』をつくりあげた。
作品は、70歳以上の出演者たちが自らの「死」のイメージを語るところから始まる。と同時に、ひとりの若い女性が海に沈んでいく映像がスクリーンに映し出され、やがてその抜け殻のような身体が舞台に現れる。 そのかたわらで年長の出演者たちは、ひとりずつ「わたし」について語り始める。
「わたしは 42年間サラリーマン生活をしました」
「わたしは 小学校のとき好きな男の子がいました」
「わたしは 高麗人参のおかげで一年で7kg痩せた」  ・・・・・・
相模は、このように語られる個人個人の回想の内容そのものではなく、その語ろうとする現在(いま)の身体の中に、個人史が紡ぎだされた「わたし」の集積を発見していく。やがてそれは、一人ひとりの個人史を超え、現実と虚構の境を曖昧にしながら、「わたしたち」の記憶=歴史へと駆けあがっていく。 70歳以上の人口が2,000万人を超える超高齢化社会に突入している現代。20代と70歳以上の世代の魂が交錯する中に「わたしたち」の生と死が鮮やかに照らし出される、その奇跡的な瞬間に観客は立ち会うことになるだろう。

Stage director and video artist Yujiro Sagami called together a group of senior residents of Itami area (Hyogo-ken, Japan) under one condition: "Must be 70 years or older." In July 2009, 27 year old director Sagami and a cast of one actress in her 20's, and seven senior participants of the "Elderly generation" premiered DRAMATHOLOGY at AI Hall Itami. The creation of this performance began by each of this wide-age-ranged cast (the oldest 96 years of age) sharing their personal stories, in other words, their "drama" and collected them into an "anthology," put together in a DRAMATHOLOGY . The performance opens with the elderly performers narrating their after life while an image of a young female sinking into ocean is projected in the scenery. Then the spiritless body of her appears on stage, and each elder begins to tell their random-seeming personal stories.
"I have lived as a salaried-man (office worker) for 42 years" "I fell in love with a boy during elementary school" "I was able to loose 7 kg thanks to the diet with Asian ginseng"  
Ultimately these individual stories assemble together to transcend from something personal to a collective history, illustrating a picture of the generation. In this aging society of Japan where a population over 20 million is over 70 years old, youthful and elderly spirits intertwine to create an astonishing moment exposing life and death.

▶▶▶▶▶▶REVIEW01 中山さよ『再演―時間に触れる試み』
▶▶▶▶▶▶REVIEW02 水牛健太郎『天使としてのお年寄り』

▶▶▶▶▶▶対談 飴屋法水×相模友士郎 フィクションの中のリアル、リアルの中のフィクション
▶▶▶▶▶▶レポート 記憶装置としての身体に耳を澄ます





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遠藤幹大/MIKIHIRO ENDO


1985年生まれ。京都造形芸術大学在学中から自主制作映画の制作を始める。大学卒業後、劇作家・演出家の松田正隆が代表を務める「マレビトの会」の活動に映像として参加。 2011年から東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻監督領域に在籍。
◯無題004(2005/DV/5min)
◯CURTAIN CALLING(2007/DV/20min)
◯LAST SEENIG(2008/DV/25min)
◯to/for(2008/DV/28min)
◯語り手–聞き手(2009/ビデオ・インスタレーション)
◯橋物語(2011/DV/15min)

 


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